樹木葬のランドスケープ計画(霜田先生/樹木葬エリア設計)

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北摂霊園の“風景(ランドスケープ)墓苑”

ランドスケープと墓地

風景・ランドスケープというのは、地域に培われた時間、空間の拡がり、それを眺める人間の間に立ち現れるイメージであるといえます。どんなに美しい山並みや水辺があっても、それを眺める人間の存在がなければランドスケープはありません。人間がある地点に立ち、対象空間を眺めることで人は「風景」をイメージします。そして、地球が誕生し、人間が住み始め、様々な改変や変遷の過程を経てそこにある地形・地質・水系など人間を含めた動植物の生息域もまたランドスケープであります。また、日本の墓地というのは古来、集落の中でも一番眺めの良い視点場に位置し、死後もその人や家族の尊厳や記憶が幾代にもわたり守られてきたという姿があります。まさしく、墓地は本来、地域の中心的なランドスケープであるべきなのです。私たち設計チームはそのあり様を学び、現代的な課題にも応えるものとして、変化し続け、その自然環境を未来に継承する“風景墓苑”を構想してきました。

人々が育んできた北摂の豊かなランドスケープ

一見すると自然豊かな原生樹林のように見える北摂山地の樹林の大部分が人の手が加えられ、薪や、材木を採るための山林です。ここには数百年にわたる継続的な管理によって多様な動植物が生息するランドスケープが広がっています。また、紅葉など四季の変化は見所となっています。霊園内の谷筋のせせらぎを境に南側に樹齢の高い杉林、北側に比較的若い杉林と広葉樹林が広がっています。南側の杉林は1950年代に植林されたもので大きく生長しています。北側の樹林は霊園開園後の1970年代に造成された樹林であるということが過去の航空写真から分かりました。いずれの樹林も近代化の過程で人々が育んできた里山林であります。

設計意図

今回の設計では、これらの既存樹林を”自然・文化資源”として捉え、これらを生かす設計を心がけました。具体的には明るい林床を持つ里山のような管理を行うことで、樹木葬墓地として相応しい樹林を維持することにつながるということを意図しています。そして、墓地としての役目を終えた後は、そのまま植物が地域のあるべき様相に変化していくプロセスである植生遷移が進行し、数百年後には山へと還していくことになります。その過程の暫定的な土地利用として、今回の樹木葬墓地を位置づけています。

設計に際し留意したこと

参拝路の計画

一般的な斜面地にある墓地の造成においては土地の形状を大きく改変し、墓地区画に達する経路もできるだけ短く、移動の効率性を重視します。しかし、本墓地の参拝路の計画においては既存の地形と樹林を極力保存し、林内の自然環境の豊かさを参拝の道すがらで享受いただけるように、その経路は長く、勾配は緩やかに計画しています。結果として、樹林内で視点が連続的に移動し立ち現れ、自然の移ろいの美しさを空間体験できる場になったと思います。

墓地

園内には「木だち・木もれび・天の川」と呼ぶ墓地区画がありますが、いずれの区画も斜面林の樹木は極力保存し、墓標として使用されます。木々の間や斜面を縫うように参拝路の設計を行いました。敷地北側の樹幹の細い杉は皆伐し、代替として北摂山地の特徴的自然植生であるアベマキ-コナラ群集を指標とした落葉樹の苗木や園内既存木の移植を行い、広葉樹林を造成しました。一部伐採した杉は輪切りにした上で園内案内サインの素材として再利用し、この地にある森の記憶の継承することを意図しました。

むすび

植生遷移を百年単位の長期的な視点で見据え、樹木葬墓地は草地や落葉広葉樹林といった遷移の途中段階で暫定的に利用されるものと捉えています。そのため、将来的に墓苑としての管理が終わっても、その後は森の管理へと移行し、植生遷移は進行していきます。森が変化することも人を供養することも長い時間がかけられます。この両者に関わる時間と空間の遠近を墓地空間で重ねること、墓地をつくり、維持するという行為が地域本来の自然環境を再生する礎となり、供養としてその場を見守り続けることがその自然環境を育むことにつながっていくことを願っております。

霜田 亮祐 (SHIMODA Ryosuke)

(千葉大学大学院園芸学研究院ランドスケープ・経済学講座 准教授/HUMUS landscape architecture パートナー)

経歴

埼玉県宮代町出身、千葉大学園芸学部卒業、同大学院修了後、ハーバード大学デザイン大学院ランドスケープアーキテクチュア学科修了。米国内設計事務所勤務後、10年間の国内ランドスケープ設計事務所勤務を経て、2013年HUMUS landscape architecture設立。2015年より現職。設計作品に、伊勢神宮式年遷宮記念せんぐう館ランドスケープ(日本造園学会賞)、天王寺公園エントランスエリア「てんしば」(グッドデザイン金賞)、自然葬地(気仙沼清凉院樹林墓苑)(グッドデザイン賞)他。著作に、『テキストランドスケープデザインの歴史』(学芸出版社2010)(共著)他。

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